組織と多様性
最近研修でやたらとグループワークしてるんですが、そんな状況下で含蓄フルなエントリーを発見したのでメモ。
ちょっと古いが、Scientific American 2004年12月号のCommon Senseは、どういうときに、全体が、それを構成する個人より優れた知恵を生み出すか、という話。構成員が「独立し」、「分散して」、「それぞれが勝手な理解の仕方をする」という条件を満たしていなければならない、と。
(中略)
参加者がみな独自の考え方をしないと、「全体が個より優れている」という状態にならないんである。
(中略)
たとえて言うなら、スケートの審査員みたいなものか。複数の審査員が居ても、全員が隣に人に「何点だと思う?」と聞いて、それをベースに点をつけていたら平均を取る意味がないし、審査員が10人いようが、100人いようが、結果はあまりかわらない。というより、審査員は一人でいい。審査員がそれぞれ自分の判断で点をつけるから、複数の平均がより正しい評価に近くなる。
(中略)
参加者がみな独自の考え方をしないと、「全体が個より優れている」という状態にならないんである。
(中略)
たとえて言うなら、スケートの審査員みたいなものか。複数の審査員が居ても、全員が隣に人に「何点だと思う?」と聞いて、それをベースに点をつけていたら平均を取る意味がないし、審査員が10人いようが、100人いようが、結果はあまりかわらない。というより、審査員は一人でいい。審査員がそれぞれ自分の判断で点をつけるから、複数の平均がより正しい評価に近くなる。
うーん含蓄フル。
組織のパフォーマンスを規定するものは、例えばリーダーの力量とかメンバーの能力とか適切なインフラとか、いろいろあるのでしょうけど、近頃はやり(?)のDiversityもやっぱり重要な要因なのかなぁ、と。
#ところでDiversityって発音的には“でぃヴぁーしてぃ”だと思うんだがなんで“ダイバーシティ”ってカタカナ表記が多いんだろうか?
でもあれだよね、『構成員が「独立し」、「分散して」、「それぞれが勝手な理解の仕方をする」』ていう状態だとシナジーとかコラボレーションが全く生まれなさそうというか、弁証法ってなんだろうって気持ちになるよね。ヘーゲルとかもう超ガッカリしてるに違いない。
みんなで額寄せ集めて、「テーゼ!」とか「アンチテーゼ!」とか「アウフヘーベン!」とか言い合うよりも、個々の結論の中庸を採択したほうがパフォーマンスが高いのでしょうか。うーんうーん。
まぁクリエイティブな仕事とルーチンワークとではおのずと違う結果が得られるんだろうけども。
てかなんか良く読んでみると“組織”とはどこにも書いてないですな。ちょっと前提が違うのかも。アハハ。
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